History

ここには貫名がポリグルタミン病の研究に係わってからの研究室・研究グループの仕事をまとめた。貫名個人の研究はアルツハイマー病の神経原線維変化の構成成分としてのタウの同定(J.Biochem 1986)を井原康夫元東大神経病理教授、元同志社大学脳科学研究科教授のもとで行ったことを出発点とするが、ポリグルタミン病の領域に主軸を移した後に、タンパク質の構造異常、不溶化という神経変性疾患共通のメカニズムが見出されてきたことは興味深い。

1990年代に遺伝性神経疾患の遺伝子が続々と判明し、今日ポリグルタミン病と呼ばれる疾患群はその遺伝子のCAGリピートの伸長によることがわかった。私はもし蛋白質が病態に絡んでいるのであれば、我々の力で病態解明できるのではないかと考え、ポリグルタミン病のハンチントン病、DRPLA,MJD(SCA3)の疾患遺伝子産物を検討、異常遺伝子産物を同定した(BBRC1995,Nat Genet1995, BBRC1997)。これによってポリグルタミン病は異常蛋白質の毒性による病態であることが示唆された(以上東京大学神経内科で1997年以前)。そこで当時発足した理研脳科学総合研究センター(BSI)で本格的にハンチントン病を中心とするポリグルタミン病の研究を開始した(1997年以降2012.10まで、その後順天堂大学移籍)。理研に移るにあたって考えたことは当時まだ少なかった細胞生物学、構造生物学を導入した病態研究であった。まず病態解析のためには有効なモデルが必要であると考え、分子モデル、細胞モデル、マウスモデルを作成した。分子モデルの解析によってポリグルタミンは伸長すると分子内βシートを形成し、さらにβシートの分子間結合によってアミロイド線維を形成すること、また今日オリゴマーと言われて毒性が注目されている分子種、表面にポリグルタミンを発現する球状構造物の存在を示した(J Biol Chem2001,2003)。後者の構造はポリグルタミン結合蛋白質の封入体への結合の構造的基盤である。細胞モデルとして伸長ポリグルタミンを蛍光蛋白質GFPと結合し発現することで、蛍光を示す封入体を発現するモデルシステムを作ることができた(Neuroreport1999)。この系を用いて異常蛋白質発現に伴うシャペロン系、プロテアソーム系の異常を示すことができ(Hum Mol Genet 2000, 2001)、封入体を直接精製することが可能となり、質量分析を用いた結合蛋白質の系統的解析が可能となった(J Neurosci 2002)。主としてこの方法を用いて凝集体結合蛋白質としてp62(J Neurochem 2004), TLS(J Biol Chem2008), NF-YA(EMBO J2008), Brn-2(Hum Mol Genet2010), TIA-1(J Neurosci2009)を報告し、病態との関わりを明らかにした。ポリグルタミン病では転写因子がポリグルタミン凝集体と結合し、機能異常を起こし、遺伝子発現異常を見るという仮説があるが、我々の系で同定された転写因子は従来報告されていたものとは異なり、直接同定し、機能的アッセイを行ったものであり、シャペロン系との関連を報告したNF-YAなどは様々なポリグルタミン病における遺伝子発現異常との関連で注目されている。また最近神経細胞において小胞体代謝との関連を示す知見を報告した(Nat Commun2014)。興味深いことにFUS/TLSは我々の報告の後に家族性筋萎縮性側索硬化症ALS6の遺伝子であることが判明した。この点に関連し、TLSと同様にRNA結合蛋白質であるTIA-1によって異常蛋白質間のクロスシーディング現象が起こることも示した(J Neurosci2009)。さらにp62に関しては最初の報告時に気になっていたプロテアソーム阻害に伴う電気泳動の移動度の違いを検討した結果、これがリン酸化に基づくことを見出し、S403のリン酸化が選択的オートファジーを制御するという新たな異常蛋白質分解系の制御機構を報告した(Mol Cell 2011)。また疾患治療に向けて分子モデル、細胞モデルを用い、凝集抑制による治療の探索を行い、ハンチントン病モデルマウスによって最終的に確認するという系を確立した(Nat Med2004, Hum Mol Genet2008)。またシャペロン介在性オートファジー系を利用して凝集を抑える遺伝子治療(Nat Biotech2010)も報告している。
さらにハンチントン病において線条体において早期に遺伝子発現異常を来すsodium channel beta4 subunitの同定から(J Neurochem2005),beta subunits1-4がアルツハイマー病病因関連蛋白質APPと同様にBACE1,presenilinにより分解されることをAPP以外で初めて示した(J Biol Chem2005)。またAPPの分解メカニズムを構造生物学(活性型BACE1の構造決定:Mol Cell Biol2008)、細胞生物学的(J Cell Biol2008)に解明した。また最近その分布を検討したところ、線条体においては他の部位と異なり、軸索上にびまん性に存在することから、線条体中型有棘神経細胞の軸索が大きな無髄神経束を形成していることを同定した(Nat Commun2014)。この知見は中枢神経系において古い系と考えられる無髄神経がいくつかのシステムに保存されていることに何らかの役割があることを示唆しており、今後大脳基底核が関わる運動制御、情動、病態の研究に大きな影響を与えると信じている。
以上ハンチントン病を中心とする神経変性疾患の病態脳科学研究を通して、蛋白質フォールディング、分解、転写、チャネルなど多岐にわたる細胞機能、及びそれに基づく治療戦略を明らかにしてきた。